
LINCの
ビューティークリエイターNANATO
LINCのビューティークリエイターNANATO

NANATOストーリー
【幼少期】
日本に生まれたが両親の教育方針で2歳からアメリカンスクールに通う。
水泳やダンス、ピアノ、フルート、バイオリン、ドラムなどの楽器のお稽古ごと忙しい幼少期を過ごす。
両親の友人のススメで、お稽古ごとがトータルでできる劇団に入ったが、稽古とは別に舞台出演やドラマなどのメディア系の出演をすることになり、更にハードな生活を送ることになってしまう。
アメリカンスクールが、カリフォルニア州のサンディエゴにある大学内に提携されていたため、アメリカと日本を往復する生活。
この頃、幼いながらに自分の得意不得意を理解し始め、徐々に得意を伸ばす生活になっていった。
【10代】
13歳の時に、メイクなど美容にハマる。
アメリカで出会ったネイル(スカルプチュア)に特に魅力を感じ、爪に絵を描いたりデザインを施すようになった。
その後、日本での生活がメインになったが、学校生活や同年代にはじめは馴染めずアメリカに休みを使って戻ることが多かった。
メイクなど美容全体にもハマり、色々と試したり、聞いたり、調べたりしているうちに、メイクは自分の欠点をなおせること、ハッピーになれること、別人に変身してしまう魅力に気づき、周りの友人の相談に乗る回数も増えた。
友人が喜んでくれることがきっかけで、自分はこれを仕事にして生きていきたいと思いました。
高校は日本で通ったが、自分のやりたいことが日本の大学や専門学校でなかったため、アメリカにある専門学校に入学した。
アメリカの学校は、想像以上に厳しく寝ずに頑張らないと進級できないぐらいの学校だった。
楽しいよりも大変な生活を過ごした学生時代。
【20代】
ひょんなきっかけで、新聞に載るほど有名なメイクアップアーティストで、自分の好きなアーティストも担当している人と出会う。
この方から様々な美容を学び、他にもスペシャルな方々から学べる機会も得て、サロンワークまで教えてもらうという必死でありながら感謝の絶えない時でした。
自分の好きなアーティストを一緒に担当させてもらうことができ、徐々にひとりで担当することも増え、様々なハリウッド俳優からアーティスト、ブランドメーカーなどの華々しい世界で仕事をすることができ、独立もして多忙でも充実した日々を送っていた。
【30代~40代】
日本に住む母の具合が悪い時が多くなり、帰国することが増えた。同時に、日本でも外タレ来日などでオファーがかかり仕事の依頼を引き受けることが増えた。
母が癌になったことがきっかけで日本に帰国。母のケアに専念し、仕事はアシスタントに任せ自分の仕事量を減らした。
母がホスピスに入った頃、他社メーカーのエッセンシャルオイルと出会い、自分でも試すと効果が感じられたのですぐに母にもそれを使って施術するようになった。
そのおかげで、体調が良いときも頻繁にあって、まったく食べられなかった母が流動食のようなご飯でも食べられることが増えた。エッセンシャルオイルでマッサージをしたりすることで母は身体が楽になり、話ができるようにもなった。
しかしながらその後、闘病を終え母が亡くなり、次は父の介護が始まった。その後、父も亡くなり、自分としては再スタートのときを迎える。
思いの外、家のこともあり、仕事の完全復帰には時間がかかってしまった。やっと元通りに仕事をスタートさせるも、新型コロナの関係で思うようにできずではあったが、あらためて勉強をする時間となった。
これまでの自分の経験や世情から、より一般の方々のケアに力を入れようと考え、メンタル、ヘルス、美容という括りから自分ができることをメインにサロンの内容も工夫しようと考え、今にいたります。
身体の健康が幹となる事で、表面にある美、美容は生かされるので、表面だけでは作り上げられない、キープもできないということ、またメンタルも同時にケアすることが大事であることをお客様にご理解いただき、ご自身でできることと、プロに頼むべき事を分けて考えていただけるようお伝えするようになりました。
そして今、ビューティークリエイターとして今まで通りの仕事をする中、サロンの強化を行いサロンにお越しくださる方のトータルケアをプロデュースする個人サロンとして笑顔の絶えないサロンを続けています。
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